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名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)669号 判決 1968年10月23日

原告

金八重子

ほか三名

被告

野村多づ子

ほか二名

主文

一、被告野村多づ子および被告野村多三郎は各自、原告金八重子に対し一三〇、六四六円、原告朴寿浩に対し二四、六八六円と各これに対する昭和四一年一二月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告金八重子、原告朴寿浩のその余の請求および原告襄陽喜、原告朴鐘哲の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は、原告金八重子および原告朴寿浩と被告野村多づ子および被告野村多三郎との間に生じたものは、これを五〇分し、その一を右被告両名の、その余を右原告両名の各負担とし、原告ら四名と被告野村年照との間に生じたものは、これを原告ら四名の負担とし、原告襄陽喜および原告朴鐘哲と被告野村多づ子および被告野村多三郎との間に生じたものは、これを右原告両名の負担とする。

四、この判決は主文第一項につき、仮に執行することができる。

事実

(当事者の求める裁判)

一、原告ら訴訟代理人は、「被告らは各自、原告金八重子に対し四、〇〇〇、〇〇〇円、原告朴寿浩に対し六、〇〇〇、〇〇〇円、原告襄陽喜に対し五〇〇、〇〇〇円、原告朴鐘哲に対し五〇〇、〇〇〇円および各これらに対する昭和四一年一二月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

二、被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

(請求の原因)

一、原告金八重子(以下原告八重子という)は亡松尾元一こと朴鐘雄(以下鐘雄という)の妻、原告朴寿浩(以下原告寿浩という)は鐘雄の長男、原告襄陽喜(以下原告陽喜という)は鐘雄の母、原告朴鐘哲(以下原告鐘哲という)は鐘雄の兄である。

二、被告野村多づ子(以下被告多づ子という)は被告野村多三郎(以下被告多三郎という)の子であつて、被告野村年照(以下被告年照という)の妻である。

三、鐘雄は昭和四一年一二月二四日午前一一時頃、普通乗用自動車(名古屋五く三〇四〇号)を運転して、犬山市大字犬山字東古券三六八番地付近の名犬国道を進行中、歩行横断者を発見して一旦停車したところ、被告多づ子運転の軽四輪貨物自動車(六愛い一三一四号)に追突され(以下本件事故と称する)、鞭打症・右上胸打撲傷兼外傷性肋膜炎・頭蓋内出血の傷害を受けて、その結果、昭和四二年一月二三日午前八時頃、頭蓋内出血に基く痙れん重積発作により死亡するに至つた。

四、本件事故は被告多づ子の甚だしい前方不注視の過失により発生したものである。

被告多三郎は前記軽四輪貨物自動車の所有者で、これを自己のため運行の用に供していた。

被告年照は警察官であるが、その余暇を利用して、被告多三郎、被告多づ子等と共に陶器小売商を経営し、その仕事に従事していたもので、前記自動車は右の営業の為に使用されていた。

五、本件事故による原告らの損害

(一)  亡鐘雄の逸失利益

亡鐘雄は株式会社富士交通にタクシー運転手として勤務し、年五四八、七四一円の収入を得ていたが、これから一年間の生活費一三一、七六〇円を控除すると同人の一年間の得べかりし利益は四一六、九八一円となる。そして同人の残余労働可能年数は三六年であるから、この間の逸失利益を、ホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除して算出すると八、四六四、七一四円となる。

従つて、同人は本件事故死により、右同額の損害を蒙り被告らに対して同額の損害賠償請求権を取得したが、その死亡により、原告八重子は二、八二一、五七一円、原告寿浩は五、六四三、一四二円の割合で右請求権を相続した。

(二)  原告八重子の損害

(1) 入院および治療費 三一九、八七〇円

(2) 入院諸雑費 一〇〇、〇〇〇円

(3) 葬式費用 二〇〇、〇〇〇円

(4) 慰藉料 三、〇〇〇、〇〇〇円

原告八重子は鐘雄と同じ昭和一五年生れで、本件事故の直前である昭和四一年一二月二日に長男原告寿浩を得て喜びの最中にあつたところ、本件事故のため一瞬にして夫を奪われて悲しみのどん底に突落された。

そして幼児をかかえて、生活を維持する目途は全くつかず、困窮の極にあるにもかかわらず、被告らは補償に全く誠意を示さず、冷たくあしらつたまま現在に至つている。

これらによる原告の精神的苦痛は筆舌に尽し難い程甚大であり、金銭をもつては到底慰藉されるべきものではないが、仮に金銭に見積るとすると最低三、〇〇〇、〇〇〇円を下らない額をもつて慰藉さるべきである。

(三)  原告寿浩の損害

慰藉料 三、〇〇〇、〇〇〇円

原告寿浩は、出生後わずか一月にも満たずして、最愛の父を奪われてしまつた。

これ程残酷にして悲しむべきことは、他に類例をみないことであり、しかも今後の生命を維持する保障もなく、更に就職・結婚等の際に受ける不利益と差別は目に見えている。

よつて最低三、〇〇〇、〇〇〇円をもつて慰藉さるべきである。

(四)  原告陽喜の損害

慰藉料 一、五〇〇、〇〇〇円

(五)  原告鐘哲の損害

慰藉料 一、五〇〇、〇〇〇円

六、よつて被告らに対し、原告八重子は六、四四一、四四一円、原告寿浩は八、六四三、一四二円、原告陽喜および原告鐘哲は各一、五〇〇、〇〇〇円の各損害賠償請求権を有するところ、とりあえず本訴においては、原告八重子は四、〇〇〇、〇〇〇円、原告寿浩は六、〇〇〇、〇〇〇円、原告陽喜および原告鐘哲は各五〇〇、〇〇〇円ならびに、これらに対する被告らが遅滞に陥つたことが明らかである昭和四一年一二月二四日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告らの主張)

一、請求原因事実中、被告らの身分関係、原告ら主張の日時・場所において、鐘雄の運転していた普通乗用車と被告多づ子の運転していた軽四輪貨物自動車とが衝突したこと、鐘雄が死亡したこと、被告多三郎が右軽四輪貨物自動車の保有者であること、被告年照が警察官であること、および鐘雄が株式会社富士交通にタクシー運転手として勤務していたことは認める。

原告らの身分関係および損害の点は不知。

被告年照が、余暇を利用して被告多三郎、被告多づ子とともに陶器小売商を経営し、その仕事に従事していたこと、前記軽四輪貨物自動車が右の営業の為に使用されていたことおよび鐘雄が鞭打症になつたことは否認する。

その余の請求原因事実は争う。

二、本件事故は、鐘雄が被告多づ子の運転する自動車を無理に追い越した直後、道路わきから飛び出した子供に驚いて、急停車したため発生したもので、被告多づ子にとつては、如何なる措置をとつても衝突を避けられない状況にあつた。右事故は鐘雄の過失に起因しているものである。

三、急ブレーキをかけ手足を踏んばつている職業運転手が上胸部打撲傷を受けることは通常考えられないし、また、鐘雄の死亡の原因は本件事故とは全く関係がない。

(証拠)〔略〕

理由

一、原告ら主張の日時・場所において、鐘雄運転の普通乗用自動車に被告多づ子運転の軽四輪貨物自動車が追突したことは、当事者間に争いがない。

二、〔証拠略〕によると次のような事実が認められる。

鐘雄は、乗客五名を乗せて北進中、本件事故現場附近において、進路前方の道路を左から右へ歩行横断しようとしている子供を発見したので、徐行し、一時停車したところ、後続の被告多づ子運転の軽四輪貨物自動車に追突された。

被告多づ子は本件事故現場の手前約一〇〇メートルにある自宅を出発して、時速約二八キロメートルで北進したものであるが、運転当初からエンジンが冷えていて調子が悪く、これに気をとられて、前方を注視せずに進行を続けたため、事故現場の手前約一〇〇メートル附近で自車を追い越して行つた鐘雄運転の普通乗用自動車が停車するのを約一・三メートル手前に至つて初めて発見し、とつさに急停車の処置をとつたが間に合わず、自車前部を右自動車の後部に衝突させた。

右のように認められ、これを覆すにたりる証拠はない。

右事実によれば、本件事故は被告多づ子の前方不注視の過失により惹起されたものというべきである。

三、被告多三郎が前記軽四輪貨物自動車の保有者であることは当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によると被告多三郎は陶器の小売商を営み、前記軽四輪貨物自動車を陶器の運搬のために使用していたこと、被告多づ子は、被告多三郎を助けて自ら右自動車を運転していたものであるが、取引先へ赴く途中、本件事故が発生したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被告多三郎は右自動車を自己のため運行の用に供する者と解せられるから、自動車損害賠償保障法第三条により、本件事故によつて原告らが蒙つた後記損害を被告多づ子とともに賠償する義務がある。

被告年照については、同被告が被告多づ子の夫であることは当事者間に争がないが、さらに同被告が被告多三郎、多づ子とともに陶器小売商を経営していたとする原告ら主張事実はこれを証するにたりる証拠がないので、同被告に対する原告らの請求は他の点を判断するまでもなく失当というほかない。

四、次に、被告らは本件事故と鐘雄の受傷および死亡との因果関係を争うので、この点につき判断する。

〔証拠略〕によると次のような事実が認められ、右認定を覆すにたりる証拠はない。

(一)  鐘雄は本件事故後運転を続け、前記乗客五名を乗せて岐阜県各務原市まで行き、さらに名古屋市へ戻つたのであるが、その車中で胸部の痛みを訴えていた。そして事故当日である昭和四一年一二月二四日の午後六時頃、自宅近くの服部忠医師の診察を受けたところ全治二週間を要する右上胸部打撲傷と診断された。

ところが同月二六日に咳がはげしくなり、同月三一日には吐気・全身痙攣の症状が現われるに至つたため、同日服部病院へ入院した。その後咳・胸の痛み・四肢のしびれを訴え、昭和四二年一月一〇日に至つて、血痰を出し、右下胸部痛・四肢脱力感が強まり、食欲減退・放心状態となつたので、同月一三日、鐘雄の希望により中部労災病院へ転移したが、同病院へ転移してから血胸があり、同月二三日頭蓋内出血に基づく痙攣重積発作により死亡した。

(二)  昭和四二年一月二日撮影鐘雄のレントゲン写真には殆んど異常が見えないが、同月三日のレントゲン写真には右上胸部にガンの腫ようと思われる像が小さく見え、同月一三日のレントゲン写真によると、それが一〇〇円硬貨位の大きさになつてはつきり見えるようになつたこと。

(三)  同年一月一一日に行つた脊髄液の検査では正常であつたが、四月一四日の検査によると血液が混つており、頭蓋内出血の症状が見られたこと。

(四)  同年一月三日のレントゲン写真では血胸状態になかつたが、同月一三日のレントゲン写真では胸部に血液が充満していて肺の組織が見えず、右の一〇日間で血胸の急激な進行を示していること。

(五)  ガンの腫ようと思われる像は左肺にも現われているが、右肺の方が大きく、また鐘雄は胸部痛は右側のみを訴えていたこと。

(六)  鐘雄は昭和四一年八月一七日、右結核性副睾丸炎のため、右睾丸摘除手術を受けているのであるが、右病症は睾丸の悪性腫ようであつたのであり、これが全身に転移したものと推測されうること。

(七)  頭蓋内出血および血胸は事故後一週間以上過ぎてから発生しているのであり、その原因は外因性のものとは認めがたいこと。

(八)  鐘雄と同乗していた黒川昭および鷲頭正彬も本件事故による衝撃のため軽い程度ではあるが、頭、頸部の痛みがあつたこと。

以上の事実が認められるのであり、これを総合して判断すると、鐘雄は本件事故により、右上胸部打撲傷・鞭打損傷の傷害を受けたことは、これを認めることができる。

しかしながら、同人の死の結果が右傷害により生じたものか否かは、右認定事実によるも明らかではなく(同人の死の結果は本件事故を誘因として、ガン腫ようが急速に発育してもたらされたものであるとの推測は可能であるが、そうであるとは断定しがたく、また仮にそうであつたとしても、右の事故と死の結果との間に相当因果関係があるとはいえない)、他に同人の死が右傷害の当然の結果であると解するにたりる事実の証明はない。

そうであれば、被告多づ子および被告多三郎は原告らに対し、鐘雄の前示受傷の限度で同人が本件事故によつて蒙つた損害を賠償すべき義務があるものというべきであるが、その死亡により発生した損害についてはこれを賠償する責あるものとはなしがたい。

五、損害額

(一)  鐘雄の逸失利益

鐘雄が株式会社富士交通にタクシー運転手として勤務していたことは当事者間に争いがない。

〔証拠略〕よると、鐘雄の平均月収は三七、〇二九円であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして前示鐘雄の受傷の程度および内容から判断すると、本件事故当日から一ケ月間は稼働できなかつたものと認められるから、同人は本件事故当日から同人が死亡した昭和四二年一月二三日までの間に三七、〇二九円の収入を喪失し、同額の損害賠償請求権を取得したものと認められる。

〔証拠略〕によると、原告八重子は鐘雄の妻、原告寿浩は同人の子(男)であることが認められるから、鐘雄の死亡により、被相続人鐘雄の属する韓国(甲第四、五号証)の民法の規定に従い、同人の損害賠償請求権を原告八重子は一二、三四三円、原告寿浩は二四、六八六円の割合で相続したものと認められる。

(二)  入院および治療費

〔証拠略〕によれば、同原告の負担に帰すべき鐘雄の入院および治療費として、服部病院関係で、一一八、三〇三円、中部労災病院関係で二〇六、四六七円を要したことが認められる。

前項に認定したような鐘雄の治療経過および同項掲記の各証拠によつて認められる治療内容を総合して判断すると、事故当日から昭和四二年一月一三日までの服部病院における通院および入院治療は主として、鐘雄が本件事故によつて受けた前示傷害の手当に向けられていたことが認められるが、前同日から鐘雄が死亡した同月二三日までの中部労災病院における入院治療は、主として前示腫ようの治療を目的としたものと認められる。

そうであれば、前記入院治療費のうち、服部病院における治療費一一八、三〇三円は、本件事故と因果関係ある損害と認められるが、中部労災病院における部分は、本件事故と因果関係ある損害とは認めがたい。

(三)  入院諸雑費

〔証拠略〕によると、同原告は鐘雄の治療期間中に通院費その他の費用として一〇〇、〇〇〇円の支出をしたことが認められる。

しかしながら、右の支出が本件事故による傷害に関して生じたものか、あるいは腫ようの治療に関して生じたものかについて主張・立証がないから本件事故と因果関係ある損害とは認められない。

(四)  葬式費用

前示のように鐘雄の死亡は本件事故によるものとは認められないので、右請求は理由がない。

六、原告らの慰藉料請求の当否

本件事故による鐘雄の前示受傷の程度は、これをもつて死にも等しい結果を生じたものとは認めがたいから、原告ら自身の慰藉料請求は認められない。

七、以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、被告多づ子および被告多三郎に対し、原告八重子が一三〇、六四六円、原告寿浩が二四、六八六円および各これに対する本件事故発生の日である昭和四一年一二月二四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲内で理由があるからこれを認容し、右原告両名のその余の請求および原告らの被告年照に対する請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西川正世 磯部有宏 村田長生)

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